- 城南病院 副院長 齋藤 実先生
認知症
認知症の予防は中年期から始めるべき
日本国内の認知症患者の数は、2012年時点で約462万人。2025年には700万人に達すると見込まれており、
認知症の高齢者をいかに抑制するかは、
医療だけでなく政策においても重要なテーマとなっている。
認知症とは
そもそも認知症の定義とは、一度正常に達した認知機能が後天的な脳の機能が持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障を来すようになった状態で、それが意識障害のない時に見られるものを指す。『城南病院』で認知症を専門に扱う副院長の齋藤実先生によると、一口に認知症といっても実際にはいくつかのパターンに分類され、その種類によって症状の出方も異なってくるという。 「いわゆる“四大認知症”とされるのは、①アルツハイマー型認知症、②レビー小体型認知症、③前頭側頭葉型認知症、④血管性認知症で、それらを診
察によってきちんと見極めることは、その後の治療やケアを進めていく上でとても重要です」。
①アルツハイマー型認知症●記憶障害 ●見当識障害●取り繕い ●物盗られ妄想 ●意欲の低下(抑うつ)
②レビー小体型認知症●認知症 ●パーキンソン症状 ●幻視 ●病状の変動 ●レム睡眠行動障害 ●薬の副作用が出やすい ●うつ病例
③前頭側頭葉型認知症(FTD)●「我が道を行く」 ●人格変化 ●行動異常 ●無関心 ●強迫行為 ●食行動異常 ●周回行動 ●時刻表的行動
④血管性認知症●遂行機能障害 ●意欲・自発性の低下 ●精神運動遅延 ●行動異常 ●手足の麻痺、言語の障害 ●歩行障害、尿失禁
もの忘れと認知症の違い
老化によるもの忘れと、認知症による記憶障害は見分けることが可能なのだろうか。
「たとえば電話がかかってきた時、老化によるもの忘れの場合は誰からかかってきたかを忘れますが、電話がかかってきたことは覚えています。それに対して認知症の場合は、電話がかかってきたこと自体を忘れてしまいます。他にも『今日のお昼は何を食べましたか』という問いかけに、食べているにもかかわらず『まだ食べてない』と答えるなど、認知症では体験すべてが抜け落ちる傾向にあります。ある程度のヒントを与えて思い出せるかどうか、新しい物事を記憶できるかどうかなどでも、もの忘れか認知症かの区別をつけることが可能です
」。 もの忘れに対する自覚の有無も見分けるポイントだそうで、齋藤先生の体験では高齢の患者さんが「もの忘れが心配だ」と一人で来院する場合はだいたい認知症ではなく、逆に家族に連れられて来院し、自分がなぜここに連れてこられたかわかっていない場合などは、か
なりの確率で認知症と診断されるのだそうだ。
治療薬のない病気
厳しいようだが、アルツハイマー型をはじめとする認知症そのものを治療する薬は現在のところ存在しない。しかし記憶障害、実行機能障害、失認、失語、見当識障害、失行といった6つの“中核症状”の進行を抗認知症薬で遅らせることや、中核症状から派生する無気力、幻覚・妄想、不穏・興奮、攻撃性といった行動・心理症状は、抗精神病薬や漢方薬である程度コントロールすることができる。また正常圧水頭症・慢性硬膜下出血・脳腫瘍などの外科疾患に由来する認知症なども、早い段階であれば治療することは可能だ。「脳にβアミロイドという物質が沈着することでアルツハイマー型認知症が発症するとされる報告があり、それは発症の20年ほど前から始まっているといわれています。認知症を直接治療する方法がない現在では、認知症の兆候を早く見つけ出して対応していくことが、最善の方法と言えるでしょう」。
自分でできる認知症予防
認知症の予防について効果が期待できるものには、以下のような例がある。
●2型糖尿病のコントロール
●高血圧や高脂血症の改善
●望ましい体重の維持
●社会交流と知的な活動
●運動の習慣
●果実と野菜の多い健康的な食生活
●禁煙
どれも「認知症ならでは」というよりも、健康的な生活を維持するための一般的な注意といった印象。しかし要はアルツハイマー型や血管性認知症に関連した動脈硬化を防ぐことが課題で、特に最初に挙げた糖尿病は、医師によっては“糖尿病型認知症”があるといわれるぐ
らい関係が深い要因にあるという。 「認知症における最大の危険因子は年齢です。若年性の認知症には遺伝的な背景が指摘されることもありますが、認知症の大半を占める高齢の方は遺伝的な影響よりむしろ後天的な要素、生活習慣の影響が強いと考えられます。逆に言えば健康的な生活習慣を心がけることで、予防効果が期待できるのではないでしょうか。糖尿病や生活習慣病が行き着く最後の状態が認知症だとも言われていますから、健康的な生活を送ることが自分でできる認知症の予防にもつながるでしょう。そのためには中年期から常に気を付けることが大切で、中年期の肥満と糖尿病、高血圧、老年期の痩せは危険因子と覚えておいてください」。 さらに齋藤先生によると、有酸素運動は前頭葉の機能を高めることから、認知症予防に関係があるとのこと。推薦される有酸素運動とは、最大心拍数の60〜90%の強度で、時間は20〜60分、頻度は週に3〜5回程度。具体例として、歩行、ジョギング、水泳、体操・ダンス、縄跳び、サイクリングなどが挙げられ、運動と一緒に計算などをする[Dual task(※)]を行うことで前頭葉および頭頂葉を刺激し、さらに効果的だと言う。※2つのことを同時に行うこと
今できる最善の方法を
齋藤先生の勤務する『城南病院』は認知症専門医が2人在籍していることもあり、認知症の診断・治療の経験が豊富。 「治療後も、併設の老健施設『すだちの園』へ入所していただくことで適切なケアを続けることができます。国が認知症患者の自宅介護を推奨していく一方で、現時点ではご家族のケアだけでは負担が大きすぎるのも実情です。早期発見・早期治療で患者数を減らすとともに、病院と老健施設などが連携して診断・治療からその後の生活までをスムーズにサポートしていける環境を作ることが、最善策ではないかと思います」。今春、もの忘れの相談窓口の開設を予定している『城南病院』。認知症に関するさらに深い取り組みに注目したい。